小児の神経疾患における突然死の原因解明の現状
小児科
北見 欣一 監修
小児の突然死やSIDS(乳幼児突然死症候群)は、親御さんにとって計り知れない悲しみをもたらす深刻な問題です。その原因は多岐にわたり、未だ解明されていない部分も多く残されています。しかし、近年、遺伝子解析などの研究も急速に進展し、小児の突然死と神経疾患との関係が明らかになりつつあります。最近までわかっていることを中心に研究の現状、そして将来の治療への展望について簡単にまとめました。
突然死を招く小児神経疾患
小児の突然死に関係すると思われる神経疾患は、多岐にわたります。ちなみに神経疾患とは、脳や脊髄、神経などがいくつかの原因で障害される病気で、体の多くの機能を制御しているため、その症状はさまざまです。その中でも特に小児の突然死との関係性や類似性が推察されるものを上げています。
てんかんおよびてんかん関連突然死
てんかんは、脳の神経細胞の過剰な興奮によって引き起こされる発作を繰り返す疾患です。SUDEPは、てんかん患者が発作に関連して予期せず突然死する現象で、そのメカニズムは完全には解明されていませんが、てんかんの発作に伴う呼吸循環障害が関与していると考えられています。
チャネルパチー(チャネル異常症)
イオンチャネルは、細胞の膜に存在する特殊なタンパク質で、ナトリウムやカリウム、カルシウムなどのイオン(電気を帯びた粒子)が出入りするための通り道です。このイオンの流れによって、細胞は電気信号を伝えたり、働きを調節したりします。
特に、神経や心臓の細胞にとって、イオンチャネルはとても重要です。たとえば、脳の神経細胞は電気信号を使って情報をやりとりしていますが、その電気信号の発生と伝達にはイオンチャネルが欠かせません。
チャネルパチーはこのイオンチャネルの遺伝子変異によって引き起こされる疾患群です。例えばSCN1Aという遺伝子に変異があると乳児期に発症する重症のてんかんの一つである「ドラベ症候群」を発症する可能性があります。
中枢神経系の構造的異常
先天的に脳の発達異常や構造的異常、脳奇形なども、突然死の原因となることがあります。
心肺中枢の機能異常
延髄や脳幹の機能異常は、呼吸や循環の調節に重要な役割を果たしており、これらの領域の異常は、SIDSの原因となる場合があります。
代謝性疾患と神経症状
細胞の中にあるミトコンドリアという小さな器官の働きがうまくいかなくなることで起こるミトコンドリア病や脂肪酸代謝異常症などの代謝性疾患も、神経の機能異常を伴い、突然死を引き起こすことがあります。
感染性脳症や髄膜炎
急性脳症や髄膜炎などの感染性疾患も、重篤な場合には突然死に至ることがあります。
神経筋疾患
デュシェンヌ型筋ジストロフィーなどの神経筋疾患も、呼吸不全などを引き起こし、突然死の原因となることがあります。
以上のような神経疾患の原因や発症のプロセスなどが次第に解明されてきています。それには近年の研究技術の進歩が大きく関係しています。
研究はマクロからミクロ、DNAからRNAへ
従来の解剖学的な研究に加え、分子遺伝学的レベルの解析が進んでいます。私たちの体のすべての細胞には、DNA(デオキシリボ核酸)という遺伝情報が含まれており、これが設計図となってタンパク質を作り、体の機能を調整しています。 しかし、遺伝子に異常(突然変異など)があると、正常なタンパク質が作れなくなり、病気の原因になることがあります。
こうした遺伝子の異常を細かく調べることで、病気のメカニズムを解明し、診断や治療のための情報を得ることができる可能性があります。さらには遺伝情報を持つDNAだけでなく、遺伝情報を伝えたり、タンパク質を作るために必要な(リボ核酸)の研究も盛んに行われています。特に、2024年のノーベル賞でも話題となったマイクロRNAと呼ばれる小さなRNA分子の働きに関する詳細な動きが解明されつつあり、てんかんなどの神経疾患や突然死との関連が示唆されています。
こうした研究の進展は、将来の治療や予防に大きな可能性をもたらしています。
遺伝子解析の結果に基づいて、個々の患者さんに最適な治療法を選択する個別化医療が期待されています。
また、病態の解明が進むことで、遺伝子治療や再生医療などの革新的な技術によって、難治性の神経疾患の治療や新たな治療法の開発も期待できます。
さらにはリスクの高い患者さんを早期に発見し、適切な予防策を講じることで、突然死のリスクを減らすことができる可能性があります。
脳バンクによる取り組み
とはいえ、小児の突然死に関する研究を進める上で、亡くなったお子さんの脳を含む関連臓器の提供は非常に重要です。これらの貴重な検体は、病態の解明や新たな治療法の開発に役立てられます。日本でも、脳バンクなどの取り組みが進められており、アルツハイマー病やパーキンソン病、自閉症、統合失調症、てんかんなどの研究に活用されています。
小児の突然死という深刻な問題に立ち向かうためには、研究者だけでなく、医療関係者、患者さん、ご家族など、社会全体での協力が不可欠です。All Japanでの研究プロジェクトを推進し、知識や情報を共有することで、より効果的な対策を講じることができます。
乳幼児突然死症候群(SIDS)は、多くの謎に包まれた現象ですが、研究の進展とともに、その原因やメカニズムが徐々に明らかになりつつあります。