医師の立場からご家族へ
医師として、最近特に気になっていることがあります。それは、私たちの身の回りにある化学物質と子どもたちの健康についてです。
特に今回お話ししたいのは、BPA(ビスフェノールA)という物質について。聞いたことはあるけれど、実際に何が問題なのかよく分からないという方も多いと思います。今日は、できるだけ分かりやすく、そしてなぜ私たちが気をつける必要があるのかをお伝えしたいと思います。

BPAってどんなもの?どこにあるの?
BPAは、プラスチックを硬く透明にするための化学物質で、実は私たちの身近なところにたくさん使われています。
例えば、透明で硬いプラスチックの水筒や哺乳瓶、食品の保存容器。そして、缶詰の内側のコーティングにも使われています。そう、あの毎日使うレジのレシートにも含まれているんです。これらのものから、ごく微量のBPAが食品や私たちの肌を通して体内に入ってくる可能性があります。
なぜ子どもたちにとって特に心配なの?
子どもたち、特に胎児や乳幼児は、化学物質の影響を大人よりも受けやすいという特徴があります。内分泌系及び免疫系の細胞や器官が、胎児や乳幼児では発達途上の為、微量の曝露でも影響が残る可能性があることが指摘されているのです。また、体重あたりの摂取量が多くなりがちなこともあります。そして何よりも、体や脳が急激に成長している最中だからです。
BPAは「環境ホルモン」とも呼ばれ、私たちの体の中で女性ホルモンに似た働きをすることが分かっています。ほんの少しの量でも、ホルモンのバランスを乱す可能性があるのです。
具体的にどんな影響が考えられるの?
研究が進むにつれて、BPAの健康への影響が次第に明らかになってきました。例えば、子どもの神経発達への影響。集中力の持続や学習能力に関わる可能性も指摘されています。また、肥満や糖尿病などの代謝性疾患、アレルギー症状、さらには思春期早発症との関連も疑われています。
もちろん、「これだけ摂取すると確実に影響が出る」という明確な線引きはまだできていません。しかし、特に成長過程にある子どもたちにとって、不必要な化学物質の曝露はできるだけ避けたいものです。
世界ではどうなっているの?
海外では、BPAに対する規制が進んでいます。EUでは哺乳瓶へのBPA使用が2011年から禁止され、フランスではすべての食品容器への使用が禁止されています。アメリカでもFDA(食品医薬品局)がBPAの使用制限を進めており、多くの企業が自主的にBPAフリーの製品に切り替えています。カナダではBPAを「有害物質」に指定するなど、世界各国で予防的な対策が取られ始めています。
日本での現状は?
残念ながら、日本では諸外国に比べて規制が遅れているのが現状です。現在のところ、哺乳瓶については自主規制が進み、BPAフリーが当たり前になってきました。しかし、缶詰やプラスチック容器など、他の食品容器についてはまだ規制が十分とは言えません。
とはいえ、意識の高い企業では自主的にBPAフリーの製品を導入する動きも広がっています。私たち消費者が関心を持ち、安全な製品を選ぶことで、市場を良い方向に導くことができるのです。
家庭でできる具体的な対策
では、実際にどのようなことに気をつけたらよいでしょうか?まず、新しい食器や水筒を購入するときは「BPAフリー」と表示されている製品を選びましょう。プラスチック製の容器を電子レンジで温めたり、熱い料理を入れたりするのは避けてください。高温になるとBPAが溶け出しやすくなります。缶詰食品を選ぶときは、可能ならば瓶詰めやパウチ包装のものを。そして、レシートは必要がなければもらわない、もらったらすぐにしまうようにしましょう。
特に妊娠中や授乳中のお母さん、小さなお子さんがいるご家庭では、偏った食事を避け、毎食缶詰を中心とするような食生活にならない様、 いろいろな食品をバランスよく摂るように心がけることが大切です。これらの対策を意識してみてください。毎日続けるのは大変かもしれませんが、できることから少しずつ始めることが大切です。
おわりに:子どもたちの未来のために
私は医療職として、子どもたちの健やかな成長を見守ることも大きな使命だと考えています。BPAの問題は、決して「危険だ」と騒ぎ立てるものではなく、しかし無視しても良いというものでもありません。科学的な証拠がさらに集まるまで、予防的な対策を取ることが賢明だと思うのです。
私たち一人ひとりの選択が、メーカーさんの意識を変え、社会を変えていく力になります。難しいことはありません。次に食器を選ぶとき、食品を買うとき、ほんの少しだけBPAのことを思い出してください。それが、子どもたちのより健康的な未来につながっていくのですから。
(参考資料:欧州食品安全機関(EFSA)最新評価書、米国小児科学会見解、環境省「子どもの健康と環境に関する全国調査」など)
